|
天神の大杉
|
|
香我美町上分の天満宮境内にあり、樹齢約850年、樹高55m、目通り9.8mの巨樹である。内部が空洞で、子ども10人程入れる広さで、今までに2度内部から失火し、昭和46年には3日間燃え続き、自衛隊が出動して鎮火した。
国天然記念物
指定日【昭和18年2月19日】
 |
香南市香我美町上分 |
 |
生涯学習課 0887−57−7523 |
|
|
無人島長平の墓・像
|
|
野村長平は、岸本の船乗りで、天明5年(1785年)仲間5人と、赤岡浦から米を船で田野浦と奈半利浦へ運んだ帰りに冬の大西風(シラ)にあい、鳥島(無人島)に漂着した。
その後仲間が全員死亡した後、大阪・薩摩の船が漂着し、これらの生存者と共に小船を作り、13年ぶりに生還した。
(墓)市史跡
 |
香南市香我美町岸本 |
 |
|
若一王子宮
|
|
旧県社で、付近8ヶ村の総鎮守であった。社記によれば、村上永源上人が紀州熊野から十一面観音のお厨子を背負って来たといわれる。秋の大祭(11月8日)に奉納される獅子舞は県の無形民俗文化財に指定されている。
(神社)市史跡
 |
香南市香我美町徳王子 |
|
|
浅上王子宮
|
|
社伝によると、応永2年(1395年)にこの地の豪族が、現在の若一王子宮から徳王寺権現(紀州熊野新宮)をこの浅上王子宮に勧請してきたといわれている。
祭神は天照大神。江戸時代の正徳元年(1711年)には、山内規重の長男で土佐藩の八代藩主となった豊敷が当社を産土神(うぶすなかみ)と定めて熱心に参拝し、自分が参りに行けない時でも代参を派遣していたといわれている。
毎年11月18日に行われる秋祭りでは、県の無形民俗文化財に指定されている棒踊りが奉納されている。
 |
香南市香我美町山北 |
|
|
岩清水山観足院惠日寺
|
|
聞楽山(370m)と並ぶ山頂にあり、神亀2年(725)僧行基が開いたとされる。国の重要文化財十一面観音立像・大日如来座像金剛界・同胎蔵界の3体がある。また、弘法の釣井があり、仏足石、一言地蔵、乳いちょうなどの伝説・伝承が多い。
(寺)市史跡
 |
香南市香我美町山北 |
|
|
岡本弥太の詩碑
|
|
本名岡本亀弥太(1899〜1942)。教員生活の傍ら「青騎兵」「麗詩仙」「ゴルゴダ」など数々の詩誌を発行。生涯で一冊残した詩集「瀧」がある。詩碑は高村光太郎の揮毫(きごう)で昭和23年に親しかった詩人らによって建てられた。
 |
香南市香我美町岸本 |

|
|
安岡家住宅
|
|
安岡家住宅は文化4年(1807年)時の当主が郷士株を譲り受けた後、代々郷士職を勤めた家柄で、末裔には勤王の志士、覚之助・嘉助兄弟などがいた。母屋をはじめとする建物群が、旧郷士屋敷の雰囲気を色濃くとどめている。
国重要文化財
指定日【平成17年7月22日】
 |
香南市香我美町山北 |
|
|
玉錦三右衛門の墓
|
|
本名は西内弥寿喜。明治36年に高知市で生まれた。父親が徳王子大崎の出身。二所ケ関部屋に入門後、持ち前の闘志と稽古熱心で頭角を現し、昭和8年に第22代横綱になった。出足が鋭く、太鼓ばらを利かしての寄り身を得意とした。
市史跡
 |
香南市香我美町岸本 |
|
|
長寿みかん
|
山北笠原地区にある温州みかんの古木で、樹齢約150年。現在日本国内で栽培されている温州みかんの中では最も古いとされている。樹高4.9m 樹幅9.0m 樹周1.85m
市天然記念物
 |
香南市香我美町山北 |
|